創業社長等の経営者がオーナー株主となっている中小企業の事業承継について、オーナー株主の立場から、他企業等に株式を売却する場合の事前準備のポイント・注意点を、設例を交えながら連載で解説していきます。
第1回目は、株式譲渡の前に自社の株式・株主について確認・準備すべきポイント(総論)です。
1 オーナー系中小企業の事業承継案件の増加
昨今、オーナー社長の高齢化が進む一方、適任後継者がいない・みつからないというお悩みをもつ中小企業が多いのではないでしょうか?
2016年公表の中小企業調査によれば、経営者が60歳代の調査対象企業のうち廃業予定企業は約57%に達しており、そのうち、「子どもに継ぐ意思がない」「子どもがいない」「適当な後継者が見つからない」という後継者難を理由とする廃業は合わせて28.5%となっています(日本政策金融公庫総合研究所「中小企業の事業承継に関するインターネット調査」2016年2月)。
2015年の中小企業経営者の平均年齢は59歳9か月、年齢のボリュームゾーンは66歳前後であり、また、引退年齢は平均で67~70歳程度であるため、「今後5年から10年の間に、多くの中小企業が事業承継のタイミングを迎えようとして」いると指摘されています。
上記の理由から、中小企業がM&A等を利用して社外(他企業等)への事業承継を行う事例が、近年増加傾向にあるとされています(中小企業庁「事業承継ガイドライン」2016年12月)。
一方、多くの国内企業にあっては、潜在的な国内市場縮小を背景に、新規ビジネス・市場開拓の足掛かり等を目的として、このような中小企業を買収する動機付けが存在しています。
2 オーナー株主が株式譲渡を検討する場合の問題点
このような状況にあって、オーナー株主である経営者は、事前にどのような点に留意する必要があるのでしょうか?
事業承継のために他企業等に株式譲渡を行うことを検討する際、オーナー経営の未上場中小企業であるがゆえに株主の管理等が杜撰になっていて、実務上、取引の支障となるケースが少なくありません。
当事務所でもオーナー経営者の方から、「近いうちに株式譲渡を検討したいが、事前にどのような準備を進めておけばよいか」というご相談を受けることが多くあります。
そこで、中小企業のオーナー株主の目線から、株式譲渡による事業承継を行うにあたって、特に株式・株主の管理の面から気を付けるべき点、事前に準備しておくべき点等について、設例を交えた解説を連載したいと思います。
第1回目は、株式譲渡の前の確認・準備のポイント(総論)を解説していきます。
3 設例(オーナー株主兼経営者による株式譲渡の検討)
中小企業の株式会社T社(非公開会社)は、創業者であり代表取締役社長であるS氏(70歳)の高齢化及び後継者不存在を理由に他社への会社売却(事業承継)を検討している。
T社はその創業後、S氏以外にも、T社の役員や取引先が株主となっていたが、S氏は、事業承継検討開始の段階で、その便宜のため、株主名簿上の全株主からT社株式を買い集めた。そのため、現在の株主名簿上の株主はS氏のみである。
4 株式譲渡の前の確認・準備のポイント(総論)
S氏がT社の全株式を候補企業等に有効に譲渡するためには、何がポイントとなるのでしょうか?
まず、当然のことですが、S氏がその真の所有者であること(真の株主であること)が必要です。
加えて、株式譲渡を行うことに法的制約がないことも必要になります。
したがって、S氏は、事前準備として、この点に関する法的問題点の有無・内容を確認し、株式譲渡契約の締結・実行時までにクリアしておく必要があるといえます。
具体的に確認すべき内容、方法及び問題が発見された場合の一般的対応例について、以下解説していきます。
(1) 確認すべき内容
ア 株式の有効な発行
T社の設立時から現在までに発行された株式について、その発行が全て有効に行われていますか?
T社の新株発行が有効でなかった場合、当該新株発行に相当するT社株式は存在していないこととなるので、まずはこの点を確認する必要があります。
イ 譲渡人による有効な株式の保有
有効に発行されたT社の全株式について、①T社設立時又は新株発行時に株式を引き受けた者を起点として、S氏が保有するに至るまでの株主の履歴及び異動原因を確認するとともに、②当該異動原因に関して、S氏が取得するまでの転々譲渡又は一般承継がいずれも有効に行われていますか(いわゆるchain of title)?
T社の株主の履歴及び異動原因が不明であると、S氏以外に真の株主が存在し、T社の全株式を譲渡できない可能性があるため、この点を確認する必要があります。
ウ 株式譲渡に係る制約の不存在
S氏が株式を譲渡することについて法的制約がありませんか?また、株式に担保等の制限はありませんか?
担保等があると、株式を譲り受けた者は将来その所有権を失う可能性があるため、当然株式を譲り受けてはくれません。そのため、この点を確認する必要があります。
(2) 確認方法
上記(1)について、①定款、登記簿謄本等の発行済株式の権利内容・数・譲渡制限の有無等がわかる資料、②株主名簿、株式譲渡契約、取締役会の譲渡承認決議の議事録等の株主の異動がわかる資料、③株主総会議事録等の株式の発行に係る手続書類等を準備し、その内容を確認していくことになります。
(3) 問題への一般的な対応例
上記(2)の確認の結果、何かしらの問題点が発覚した場合、事前に(遅くとも株式譲渡契約の締結までに)問題点を解消しておく必要があります。
問題点を解消できていないと、株式の買主となる候補企業等から、以下のような対応を求められることがあります。
① 株式譲渡契約において、当該問題点がないこと又は解消したことを表明保証させられる。また、表明保証違反がないことが株式譲渡の実行の前提条件とされる(違反が発覚した場合、株式譲渡が実行できない)。さらに、表明保証違反に関する補償条項を設定される。
② 株式譲渡契約の締結後株式譲渡の実行時点までに当該問題点を解消する義務が課される(いわゆる誓約事項/コベナンツ)。また、当該問題点が解消されたことが株式譲渡の実行の前提条件とされる。
③ 株式の評価額を下げられてしまう。
第1回目は以上になります。
次回以降は、上記の議論を踏まえながら、具体的な問題事例を設けたうえで、法的問題点の詳細及び具体的な問題対応例を検討していくこととします。
〈事業承継についてご検討されている企業のみなさまにおかれましては、ぜひ当事務所にご相談ください。〉